大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京地方裁判所 昭和46年(ワ)4095号 判決

原告

株式会社アテナ

右代表者

渡辺順彦

右訴訟代理人

鈴木光春

保科善重

被告

株式会社長野県計算センター

右代表者

今井敏造

右訴訟代理人

丁野清春

主文

1  被告は原告に対し、金二〇三万九四二〇円およびこれに対する昭和四六年五月二五日から完済まで年五分の割合による金員の支払をせよ。

2  原告のその余の請求を棄却する。

3  訴訟費用は二分し、その一を被告の、その余を原告の各負担とする。

4  この判決は、金五〇万円の担保を供するときは、第1項に限り確定前に執行することができる。

事実

第一  当事者の求める裁判

一  原告

1  被告は原告に対し、金四五六万九四八四円およびこれに対する昭和四六年五月二五日から完済まで年五分の割合による金員の支払をせよ。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

との判決ならびに仮執行の宣言

二  被告

1  原告の請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

との判決

第二  当事者の主張

一  原告(請求原因)

1  原告会社は顧客名簿の製作管理および各種荷物郵便物の発送等を業とする会社であり、被告会社はコンピューターによる各種電算サービス、オペレーションの引受等を業とする会社である。

2  原告は、昭和四五年春、日経マグロウヒル株式会社(東京都千代田区大手町一丁目九番五号)から、同社出版の雑誌「日経ビジネス」等の購読者への発送業務を、期間は同年四月一日から三年間との約束で、請負つた。右発送業務の内容は次のとおりである。

すなわち、原告は、購読者約九万人の住所氏名が収められているコンピューター用のアドレステープを日経マグロウヒル社から受取り、これをコンピューターにかけて、右テープに記憶させてある住所氏名をカナ文字にかえて紙に印刷させ、この紙をチエシアーラベリングマシンという機械にかけ、一人分の紙に裁断したものを封筒の表面に糊付けし、この封筒に「日経ビジネス」を入れて、各購読者に発送するものである。

右アドレステープには前記のように「日経ビジネス」の購読者約九万人の住所氏名が収められており、その作成には多額の費用と労力がかけられているので、右請負契約においては、原告会社は特にその機密を保持すべき義務を課されていた。

3  原告会社は、昭和四五年一〇月初旬、前記発送業務のうち、アドレステープをコンピューターにかけ、購読者の住所氏名をカナ文字化して紙に印刷する作業(プリントアウト作業)を、被告会社に下請させた。

原告会社は、右プリントアウト作業の注文に際し、被告会社に対し、アドレステープの機密保持に十分注意するよう申入れた。

4  原告会社は、昭和四五年一〇月二七日正午ごろ、原告会社新宿店(東京都新宿区西新宿一丁目一九番一〇号)において、日経マグロウヒル社から預かつた第一七号アドレステープを、被告会社の従業員でオペレーターである小河原堯男に手渡した。

小河原は、直ちに右テープを株式会社パシフィック計算センター(東京都中央区日本橋本町四丁目一四番地市橋ビル内)に運び、同所にあるコンピューターを用いてプリントアウト作業をし、翌二八日午前九時ごろ原告会社新宿店へ右テープを返却した。

5  ところが、小河原は、原告会社からテープを受取り、電算作業をし、テープを原告会社に返却するまでの間、必要な注意義務を怠つたため、テープが何者かによつて一時盗まれてコピーがとられ、そのコピーが日本リーダーズダイジェスト社(東京都千代田区一ツ橋一丁目一番一号)に売渡され、同社は、昭和四六年一月中旬右コピーを使用して、「イージーイングリッシュ」特別申込書を「日経ビジネス」の購読者に発送した。

原告会社と被告会社との間の前記請負契約により、被告会社はプリントアウト作業をなすにつき原告会社から受取つたアドレステープを作業終了後原告会社に返還する義務(すなわち特定物の引渡を目的とする債務)を負い、したがつて、その返還をなすまで善良なる管理者の注意をもつて右テープを保存する義務を負つていたものであるところ(民法第四〇〇条)、この義務に違反した結果前記のような事故が発生した。

6  右のような被告会社の注意義務違反により、原告会社は次のとおり合計金四五六万九四八四円の損害を蒙つた。

(一) 原告会社は、昭和四五年四月一日ごろ日経マグロウヒル社から「日経ビジネス」につき、契約期間を同日より三年間として、請求原因2記載の発送業務を請負うに際し、同社から保証金三〇〇万円を受領していたが、本件事故発生により、同社は、原告会社が機密保持義務を尽くさなかつたことを理由として、昭和四六年二月二五日右契約を解除した。このため原告会社は、同日保証金三〇〇万円を同社に返還するのやむなきに至り、その結果、元金三〇〇万円に対する右返還の日の翌日から、本件事故ひいては右解除がない場合の保証金の返還期日である昭和四八年三月三一日までの間の銀行金利(日歩二銭四厘)相当額金五二万九九二〇円の損害を蒙つた。

(二) 原告会社が日経マグロウヒル社から「日経ビジネス」に関して前記のように三年間の契約で請負つた業務には、次のものが含まれ、その一か月あたりの売上と純益は次のとおりであつた。

(1) コーディング(購読者の住所氏名をコンピューターに記憶させる準備作業として暗号数字および記号に転換する作業)

売上  一か月三万円

(2) パンチ(コーディングされた暗号数字および記号をカードに穿孔する作業)

売上  一か月四万円

純益  コーディングとパンチを合わせて一か月三万円

(3) プリントアウト(雑誌発送用アドレステープをコンピューターにかけて購読者の住所氏名を紙に打ち出す作業)

売上  一か月二八万円

純益  一か月八万円

ところが、日経マグロウヒル社は、前記のように本件事故を理由として契約期間満了前である昭和四六年二月二五日契約を解除したので、原告会社は、右解除がなければ存しえた契約残存期間(昭和四六年三月分から同四八年三月分まで)における右(1)ないし(3)の作業による純益(一か月小計一一万円の二五か月分)合計二七五万円を喪失した。右金額を基礎として、年五分の中間利息をホフマン単式計算方法(期間二年、係数0.9090909)により控除すると、その現価は金二四九万九九九九円となり、原告会社は同額の損害を蒙つた。

(三) 原告会社は、昭和四五年九月ごろ日経マグロウヒル社から、同社出版の雑誌「日経エレクトロニクス」に関して、契約期間を昭和四六年四月から三年間、一か月の料金を一〇万円として、プリントアウトおよび発送作業を請負い、右料金のうち金三万円を純益としてあげるはずであつたところ、同社は、本件事故発生を理由に、右契約の一部(取扱部数の二分の一に相当し、一か月の料金五万円、うち純益一万五〇〇〇円に相当する部分)を昭和四六年二月二五日解除した。これにより、原告会社は、同年四月分から昭和四九年三月分まで、一か月一万五〇〇〇円の純益合計金四万円を喪失した。そこで、右金額を基礎として、年五分の中間利息をホフマン単式計算方法(期間三年、係数0.86956521)により控除すると現価は金四六万九五六五円となり、原告会社は同額の損害を蒙つた。

(四) 原告会社は、本件事故につき日経マグロウヒル社から、一時は原告会社が本件テープのコピーをとつたものと疑われたため、身のあかしをたてるのに告訴せざるをえなくなり、その結果新聞紙上に本件事故が報道され、本件事校は、原告会社の顧客や同業者に衆知のものとなつた。そこで、原告会社としては、これを放置したのでは信用を失墜し、顧客を失い、同業者からも業界全体に対する責任を追求されることが明白となつたので、顧客および同業者に対して本件事故の経緯を説明する文書を印刷して配付したが、このため印刷代四万円、送料三万円合計七万円の支出を余儀なくされ、同額の損害を蒙つた。

(五) 本件事故が発生する以前の原告会社は、信用業績を着実に伸ばし、前記のとおり日経マグロウヒル社との間に三年の長期契約を締結するなど、安定した経営を誇つていたものであるが、本件事故発生により信用を失墜し、前記のとおり契約を解除されたため、日経マグロウヒル社からの受注にかかるコンピューター業務部門の仕事を全部失い、将来もこの部門の業務受託の可能性は極めて乏しくなり、他の部門においても長期契約を失つたので、きわめて不安定な経営に甘んずることになつた。

よつて、本件事故により原告会社が蒙つた無形の損害は多大であり金一〇〇万円と評価するのが相当である。

7  よつて、原告会社は被告会社に対し右損害金合計金四五六万九四八四円およびこれに対する訴状送達の翌日である昭和四六年五月二五日から完済まで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  被告(請求原因に対する認否)

1  請求原因1は認める。

2  同2は不知。

3  同3のうち、機密保持の申入れは否認、その余は認める。

4  同4のうち、テープ番号は不知、その余は認める。

5  同5のうち、小河原の過失は否認、その余は不知。

6  同6のうち、損害の発生・額は否認、その余は不知。

三  被告会社の主張

1  本件事故につき、被告会社側になんら責に帰すべき事由はなかつた。

被告会社の社員小河原は、昭和四五年一〇月二七日正午ごろ、原告会社新宿店で本件テープと用紙を受取り、原告会社の車に乗せてもらい、原告主張の株式会社パシフィック計算センターに行き、同センターの作業室で、同日二三時四〇分までコンピューターが空くのを待つていた。同人は、同日二三時四〇分から翌二八日三時三五分まで電算作業をした。その後同人は、七時三〇分ごろまで同センターパンチ室で仮眠した。この間、同センターのビルには鎧戸が下り、外部から侵入することは不可能であつた。二八日午前八時ごろ、小河原は本件テープを持参して同センターを出発し、九時過ぎ原告会社新宿店に到着し、原告会社に右テープを返還した。

小河原は、右のとおり本件テープを受取つてから返還するまでの間、その保管には十分の注意を払い右以外に特段右テープを盗みとられるようなすきを与える行動をとつたわけではないので、被告会社が通常なすべき注意をおろそかにした責任を問われる筋合はない。

2  原告会社は民法第四〇〇条の適用を主張するが、同条は、債権の目的が特定物の引渡であるとき、債務者にその特定物の保存につき、いわゆる善良なる管理者の注意義務を、とくに種類債務との対比において課したものであつて、その保存とは、特定物の物質的な保存を意味し、本件のような機密保持義務を、右条文から引出すことは不可能である。かえつて、被告会社は、本件テープをなんら破損することなく、交付を受けたときと全く同一の状態で原告会社に返還しているのであるから、同条の義務を完全に履行したものというべきである。

3  本件テープの秘密性について

原告会社と被告会社との間に、テープの機密保持に関し、なんらの申入れも合意も存在しなかつた。

本件テープは得意先の名簿を収めたものであるが、得意先名簿の内容が洩れることによつて通常蒙る損害は、得意先が奪われ、その結果売上高が減少することによつて受ける損害である。しかるに本件の場合、リーダーズダイジェスト社が「イージーイングリッシュ」特別申込書を日経マグロウヒル社の得意先あて発送したというに過ぎないのであつて、右申込書と本件の「日経ビジネス」とは、商業上なんら競合関係にたたず、したがつて、そもそも損害は発生しなかつたものである。

第三  証拠関係〈略〉

理由

一原告会社は顧客名簿の製作管理、郵便物の発送等を業とする会社であり、被告会社はコンピューターによる各種サービスを業とする会社であることは、当事者間に争いがない。

二〈証拠〉を総合すると、原告会社は、昭和四五年春日経マグロウヒル株式会社から、同社発行の雑誌「日経ビジネス」の購読者への発送業務を、期間は昭和四五年四月一日から同四八年三月三一日までの三年間との約定で請負つたこと、右業務の内容は、原告会社が日経マグロウヒル社から同誌購読者の住所氏名が収められたコンピューター用アドレステープを受取り、これをコンピューターにかけてカナ文字化して紙に印刷し、その紙を自動的に封筒にラベリング(糊付け)し、雑誌を封入したうえで発送するものであつたことが認められる。

そして、原告会社は、昭和四五年一〇月初旬右業務のうち、アドレステープをコンピューターにかけてカナ文字化して紙に印刷する作業(プリントアウト)を、被告会社に下請注文したことについては、当事者間に争いがない。

三そこで、右作業において取扱われるアドレステープがどのような価値を有し、右各契約によりこれを取扱う原告会社ないし被告会社は各注文者に対しその取扱上如何なる注意義務を負うものであるかについて検討する。

〈証拠〉を総合すれば、本件で問題となつている後記一七号アドレステープは、「日経ビジネス」の購読者少くとも八万二〇〇〇人の住所氏名が収められており、同誌の購読者は企業の上層部および中堅管理者層であるため、そのような購読者を多数獲得し、これらをコンピューター用に磁気テープ化するのには多くの時間と費用と労力がかけられており、しかも、右のような階層を取引対象として開拓し把握しようとする企業における宣伝活動の場においては、現代の競争社会の特殊事情も加わり、貴重な情報として利用価値の高いものであること、したがつて、コンピューターを取扱う業者間では、この種のコンピューター用磁気テープの機密保持につき十分注意すべきものであることは常識となつていること、加えて、日経マグロウヒル社は原告会社に雑誌発送業務を請負わせ、磁気テープを交付するにあたり、右テープを厳重に管理し、その機密保持に万全の措置を講ずべきことを申入れ、原告会社はこれを了承していたこと、また原告会社が被告会社にプリントアウトを注文し、テープを交付するにあたつても、テープの機密保持につき十分注意し、テープは交付後二四時間以内に返還するよう求め、被告会社はその旨了解していたことが認められる。

そして、さらに、被告会社の原告会社に対する右機密保持義務の性質内容をみるに、第二項後段の原告会社と被告会社間のプリントアウト請負契約においては、被告会社は、原告会社からアドレステープを受取り、これをコンピューターにかけてプリントアウトしたうえで、原告会社に完成品(住所氏名の印刷された紙)を引渡すとともに、右認定のとおりテープを返還することが約束されていたのであるから、被告会社は、民法第四〇〇条にいう特定物(本件では交付を受けた磁気テープ)の引渡を目的とする債務を負つている者ということができる。したがつて、被告会社はテープの保存につき、引渡をなすまで善良なる管理者の注意をなすべき義務を負つていることとなる。しかも、右のとおり引渡の目的となつているテープは前認定のとおり一定の階層を対象とする雑誌購読者の住所氏名という情報を収めた器ともいうべきコンピューター用の磁気テープであつて利用価値の高いものであるから、その保存につき法律上要求されている善良なる管理者の注意義務の内容は、当該テープを物質的に保存し、その摩耗・汚損・毀滅・遺失等を防止することのほか、さらに、その収められている情報が外部に漏出することによりテープの情報としての稀少価値が減少しないよう注意することも当然含まれていると解すべきである。

四ところで、原告会社は、被告会社との前記下請契約に基づき、昭和四五年一〇月二七日正午ごろ原告会社新宿店において、日経マグロウヒル社から預かつた第一七号アドレステープ(テープ番号の点は前掲証人松尾の証言および原告会社代表者尋問の結果により認める。)を被告会社従業員小河原堯男に手渡したこと、同人は、直ちに右テープを原告主張の株式会社パシフィック計算センターに運び、同社のコンピューターによつて所定のプリントアウト作業をし、翌二八日午前九時ごろ原告会社新宿店へ右テープを返却したことは、当事者間に争いがない。

五そこで進んで、右小河原が被告会社従業員として右テープを保管中、必要な注意義務を怠つたため、原告主張の如く右テープが複写されこれが他に売却される事態が発生したか否かについて検討する。

1  まず、〈証拠〉によれば、日本リーダーズダイジェスト社は、かねてから株式会社パシフィック計算センターと電算関係の仕事について取引があり、同社の社長岡安春男、常務取締役兼営業部長谷脇栄尚らは折々リーダーズダイジェスト社に出入りしていたこと、このような関係から昭和四五年一〇月末ごろ、右パシフィック社からリーダーズダイジェスト社の情報担当者に対し「日経ビジネス」の購読者約八万二〇〇〇人の住所氏名が収められている磁気テープの売込みがあつたこと、そこで、リーダーズダイジェスト社は、それを同社用の様式にプリントさせた上、同年一一月二日これを代金八二万円で買受け、翌四六年一月中旬、このテープに収められている「日経ビジネス」の購読者あてに、リーダーズダイジェスト社発行の「イージーイングリッシュ(英会話初級用カセットテープ)」特別申込書を郵送したこと(元来同社では、同社の社員に自社のダイレクトメール等を発送することはしない扱いをしていたのに、たまたま右テープを利用して右申込書を発送したため、「日経ビジネス」の購読者である自社の取締役にも右申込書が送付されてしまい、このことから同社内部においては、当時すでに、右テープが右のとおり入手されたことが取締役にも明らかにされていた経緯がある。)が認められる。

2  そこで、問題は、右のアドレステープの内容が果して前記のとおり原告会社が日経マグロウヒル社から預かつて被告会社に作業をせた一七号テープの内容に一致し、前者は後者を複写したものといえるかどうかであるが、〈証拠〉を総合すると、日経マグロウヒル社は、昭和四五年五、六月ごろ初めて「日経ビジネス」購読者の住所氏名年令職業購読歴等を全面的にコンピューター用に磁気テープ化することとし、同年六月二〇日原告会社に対しその作業を注文し、これにより出来あがつたマスターテープを保管していたこと、「日経ビジネス」は隔週誌(二週間に一回発行される雑誌)であるが、各号ごとに購読者が変動するので、日経マグロウヒル社は、これに対応するため二週間に一回右マスターテープを基礎にして同誌発送用のアドレステープの編集をすることになり、この企画に基づいて初めて編集されたアドレステープが本件一七号テープであること(テープの番号は「日経ビジネス」の発行号数と一致させることになり、右のとおり初めて編集されたテープはたまたま同誌一七号発送用のものであつたため一七号テープと呼称されることになつた。)、「日経ビジネス」の発送には、従来活字印刷による漢字の宛名カードが貼付されていたが、右テープにより同誌一七号からは片カナの宛名カードが貼付されたこと、ところで、たまたま同誌の購読者の一人に日本経済新聞社の社員で千葉市稲毛海岸に住んでいる人がいたが、この住所を初めてカナ文字によりテープ化するに際し、原稿の判読を誤つて稲毛海岸が「イナオカイガン」とされ、これによつて一七号テープが作られ、そのままプリントアウトされた郵便物が送付されたため、同人の申出により一八号テープからは「イナゲカイガン」と訂正されていたところ、リーダーズダイジェスト社から同人あてに「イージーイングリッシュ」特別申込書が「イナオカイガン」という訂正前の一七号テープと同じ宛名で郵送されてきたことが認められる。

右事実によれば、前記のとおり売買されたテープは、一七号テープの内容に一致するもので、これ以外のものから作成された可能性は考えられないところであり、本件一七号テープを複写したものであることが明らかである。

3  そこで、本件一七号テープは如何なる段階において前記売却用の複写がとられたたものであるかの点について、検討を進める。

本件一七号テープが原告会社から被告会社へと引渡され、被告会社がそのプリントアウト作業を遂げて原告会社にこれを返還するまでの経緯は第四項のとおり当事者間に争いがないが、さらに、〈証拠〉を総合すると、先に認定した本件一七号テープの編集は、日経マグロウヒル社が産業能率大学コンピューター室で行なわせたが、右編集に際しては、日経マグロウヒル社のコンピューター担当者有本ほか二、三名が徹夜で立会い、日経マグロウヒル社へテープが運ばれるときもこれに付添つていたこと、昭和四五年一〇月二七日午前一〇時三〇分ごろ原告会社の社員松本武が日経マグロウヒル社から一七号テープを預かり、同日午前一一時三〇分ごろ原告会社新宿店に持運び、その後正午ごろまで右テープは電子計算部長松尾俊雄の机上に置かれていたこと、被告会社の従業員でオペレーターである小河原堯男は、同日正午ごろ原告会社新宿店に赴き、一七号テープと印刷用の紙とを受取り、原告会社の車に乗せてもらつて日本橋の市橋ビルのパシフィク計算センターに直行し、同ビル四階の作業室で同日午後一一時四〇分までコンピューターの空くのを待つていたこと小河原は同日午後一一時四〇分から同所のコンピューター室でプリントアウトの作業を開始したが、同人は同所のコンピューター(富士通ファコム二三〇―二五)に習熟していなかつたので、はじめはパシフィック計算センターの斎藤享に取扱いの説明を受け、以後一人で作業を続け、翌二八日午前三時三五分ごろ作業を終了し、それからプリントアウトした紙と一七号テープとを作業室の机の上においたまま、かたわらのパンチ室で午前七時ごろまで仮眠したこと、この間特段パシフィック計算センターの係員が同所周辺を見廻るなどの措置はとられていなかつたこと、小河原の作業中、小河原の次にコンピューターを使うためパシフィック計算センターのプログラマー杉岡ほか一、二名、日本ビクターの社員一名が待機しており、小河原の作業終了後、同人らが直ちにコンピューターを使つたこと、小河原は午前七時ごろ眼をさまし、ビルの鎧戸が開くのを待つて、午前八時ごろテープ等を持つて同所を出発し、午前九時過ぎ原告会社新宿店にテープを返還したこと、原告会社新宿店は、本社を経由して日経マグロウヒル社にテープを返還したこと、右のとおり処理された一七号テープによるプリントアウトは、原告会社と被告会社の前記請負契約に基づく第一回目の作業であり、一七号テープがパシフィック計算センターに持込まれたのは、右の機会をおいて外にはないことが認められる。

以上の事実から考えると、日経マグロウヒル社が産業能率大学で一七号テープの編集をした際には、同社担当者の厳重な監視下にあつたため、コピーをとられる余地はなく、また、右テープが日経マグロウヒル社から原告会社新宿店へ運ばれる途中はもとより、右新宿店で松尾計算部長の机上におかれていた間もコピーのとられる時間的余裕はなく、さらにその翌日前記のとおり原告会社新宿店では小河原から一七号テープの返還を受けるや直ちに本社を経由して日経マグロウヒル社にこれを返還しているのであるから、この間にコピーされたとも考えられない。のみならず、日経マグロウヒル社の内部のものが、パシフィック社のものと通じて先に認定したパシフィック社のダイジェスト社に対する一七号テープのコピーの売却に加担していたとか、なんらかの方法によつてその機縁を与えたものと疑うべき資料はないし、一七号テープが先に認定した経路以外に日経マグロウヒル社から外部へ持出されたことを推測すべき事情も見出しえず、むしろそのようなことはありえないことと考えられる。

そうとすれば、前記のとおり一七号テープのコピーがとられたのは、被告会社の従業員小河原が前記のとおり一七号テープを携行してパシフィック計算センターへ赴き同所において午後半日と翌日までの一夜を過した間をおいては、他にその可能性がないものというべきである。

4  ひるがえつて、〈証拠〉によれば、パシフィック計算センターに設置されている前記コンピューターは、複写用の指示を与えれば、プリントアウトと同時であつても別途複写のためのみに作動させても、極めて容易にテープのコピーをとる性能を備えていること、〈証拠〉によれば、リーダーズダイジェスト社においては、昭和四六年二月はじめごろ日経マグロウヒル社や原告会社から前記複写テープを利用したことについて疑惑の眼を向けられるに至つたため、真相糾明の必要にせまられ、取締役大儀見薫が自ら乗出し、パシフィック社の前記社長岡安、取締役谷脇らを一度ならず呼び寄せてテープの入手経路を問いただしたにもかかわらず、同人らは「出所については勘弁してくれ。」との一点張りで応答を避けたことが認められる。これらのことのほか、前記のとおり小河原は一七号テープを持参したパシフィック計算センターにおいて長時間を過し、しかも、その間右テープをコンピューター室の机上にいわば放置したまま相当時間別室で仮眠していたこと、右テープのコピーをダイジェスト社に売却したのは、前記のとおりほかならぬパシフィック社のものであることなどの諸事情を合わせ考えると、売却のために一七号テープのコピーがとられたのは、単に前記のとおり小河原がパシフィック計算センターへ一七号テープを携行していた間以外に可能性を見出しえないということにとどまらず、むしろ、その間に、小河原がその保管につき十分の注意をつくさなかつたために何者かによりその複写が密行されたものと断定して妨げないものというべきである。もつとも、さらに詳細に、右テープのコピーは、小河原が待機中食事にでも行つた間にとられたのか、前記のとおりプリントアウト作業を開始する際、小河原が同所のコンピューターに習熟していなかつたので、何者かによりコピー用プログラムが入れられたのを気付かずにそのまま作業したためとられたのか、あるいは仮眠中に盗みとられたのか、またはその他の方法によるのか、そのいずれであるかは不明であるが、そのことの故に右の認定に疑念をさしはさむことはできず、他に以上の認定判断を左右するに足りる証拠はない。

六以上の事実によれば、先に説示したところに照らし、被告会社(履行補助者小河原堯男)は、前記のとおり原告会社から手渡された一七号アドレステープの保存につき要求されている善良なる管理者としての注意義務を怠つたものであり、このため、前記のとおり右テープのコピーがとられ、右テープに収められた情報が外部に漏出する事態を発生させたのであるから、これにより原告会社が蒙つた損害を賠償すべきである。

七そこで、被告会社の右の注意義務違反により原告会社の蒙つた損害につき判断する。

1  まず、原告会社が昭和四五年春日経マグロウヒル社から、期間は同年四月一日から三年間との約定のもとに、「日経ビジネス」および同社の刊行物の発送用封筒へコンピューターによつて印字された住所氏名をラベリング(糊付け)する等の業務を請負つたことは、第二項前段認定のとおりであるが、さらに、同項掲記の証拠によれば、日経マグロウヒル社は、右契約に際し原告会社に対し右契約の保証金として金三〇〇万円を支払い、原告会社がこれを自由に活用することを許諾したこと、ところが、日経マグロウヒル社は、昭和四六年二月末原告会社に対し、本件事故発生を理由として右契約を解除し、右三〇〇万円を即刻返還するよう求めたこと、このため原告会社は同年三月同社に右保証金三〇〇万円を返還したことが認められる。したがつて、原告会社は、これを他に利用することができなくなり、右返還の翌日(三月何日に返還したか証拠上不明なので同年四月一日)から、もし本件事故がなく、したがつて右解除がない場合の保証金の返還期日である昭和四八年三月三一日まで七三一日間の銀行金利(弁論の全趣旨により原告主張のとおり日歩二銭四厘と認める。)相当額金五二万六三二〇円の損害を蒙つたものと認められる。

2  〈証拠〉によれば、原告会社は、右契約解除によりプリントアウトの業務ばかりでなく、これと同時に「日経ビジネス」購読者原簿テープファイル作成作業請負契約による原告主張のコーディング、パンチの業務をも失い、また、昭和四六年四月創刊の日経マグロウヒル社発行の雑誌「日経エレクトロニクス」につき、同社から、購読者名簿の管理、同誌の発送等の業務を請負い、これにより営業利益を得るはずであつたところ、本件事故発生により、購読者名簿の管理の仕事の全部と発送業務についての仕事の半分とを取上げられ、これらにより得べかりし営業諸利益を失つたことが認められる。

しかしながら、その損害額算定については、原告代表者の供述以外に証拠がなく、右供述だけでは十分心証を惹かないので、これらの点についての原告会社主張の損害を認めることはできない。

3  次に、〈証拠〉によれば、原告会社は、本件事故発生により日経マグロウヒル社から磁気テープを複写したものと疑われ、身のあかしをたてるためリーダーズダイジェスト社の取締役発行人大儀見薫を告訴して事実関係を明白にさせようとしたが、本件事故は新聞紙上に大きく取上げられる結果となり、同業者や取引先にも知れ渡つたので、信用を維持し回復する必要上同業者や取引先に事情を説明する書面を印刷して郵送したこと、右費用の一部として金一万三一〇〇円を支払い、同額の損害を蒙つたことが認められる。

しかしながら、この点に関連し、右認定の限度を超えて原告会社主張の費用を要したかは、本件全証拠によるも明らかでない。

4  次に、無形損害の点であるが、〈証拠〉によれば、本件事故発生により、原告会社は日経マグロウヒル社から機密保持義務を尽くさなかつたとして責任を追求され、その結果、内部においても、信用問題にかかわることとて代表取締役はじめ担当部課員に至るまで真相調査に相当の日時をさいて心労を費さざるを得なくなり、しかも、前記のように「日経ビジネス」「日経エレクトロニクス」に関してコーディング、パンチ、プリントアウト等のコンピューター部門の受注を失い、その他の仕事も取扱い量を減らされるに至つたこと、原告会社は、本件事故発生前は業績が向上し、殊に「日経ビジネス」を取扱うことによる信用から受注の拡大が見込まれていたが、本件事故が日本経済新聞、朝日新聞、サンケイ新聞などにより大きく報道されたため、原告会社のコンピューター部門の機密保持につき世人から疑惑をもたれ、本田技研、日本ユニバックから予定されていたコンピューター部門への発注が見送られるなど、原告会社の社会的評価ないし信用が低下し、前記のとおり得べかりし営業諸利益を失うなど相当大きな損失を蒙つたことが認められる。

原告会社は、右逸失利益についても賠償を求めているところ、その額を証拠上認定できないことは前記のとおりであるが、このことは逸失利益相当の損害としては必要な認定に到達しえないことを意味するにとどまり、非財産的損害の評価算定の資料として得べかりし利益を失つたこと自体を斟酌することを妨げるものではない。むしろ、得べかりし利益喪失の事実が判明しながら額不明の場合には、もともと逸失利益なるものが確定困難な要素を含む性質のものであることと相待つて、その額不明の逸失利益がいわば眼に見えない無形の損害として非財産的損害の一範疇を組成するに至るものと見て、これを斟酌する必要があるというべきである。

そこで、前記諸事情から原告会社の非財産的損害を考えると、原告会社は法人であるからいわゆる慰藉料を自然人の精神的苦痛に対する賠償とするならばこれとは性質を異にするものの、被告会社の前記注意義務違反により、日経マグロウヒル社からは責任を追求され、得べかりし諸利益を失い、社会的評価ないし信用の低下減退に見舞われ、相当多大のいわゆる無形損害を蒙つたことは明らかであり、これを金銭に則積ると金一五〇万円と評価するのが相当である。

ちなみに、原告会社は、無形損害を一〇〇万円と主張するが、無形損害の評価それ自体は、証拠により認定しなければならない事実ではないから、当事者の主張する額に拘束されないこともとよりであり、ただ、これと他の損害額の合算額が請求総金額を超えないことを要するにとどまると考えられる。

八以上のとおりであるから、原告会社の本訴請求は、右損害の賠償として合計金二〇三万九四二〇円およびこれに対する訴状送達の翌日であること記録上明らかな昭和四六年五月二五日から完済まで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度において正当であるからこれを認容し、その余は失当として棄却することとし、訴訟費用の負担については民事訴訟法第八九条、第九二条を、仮執行宣言については同法第一九六条をそれぞれ適用して主文のとおり判決する。

(倉田卓次 奥平守男 池田勝之)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例